熊谷祐介の備忘録

話すのも書くのも苦手です

人生に一度しかない、一年目の気づき

4/1になり、「新入社員」という人生一回きりマジカル肩書が取れました。

BtoBのスタートアップでマーケに携わり、早1年半。毎年12月31日に振り返りはしているものの、このタイミングでもう一度ということで、この1年半の気づくを書こうと思います。超絶、久々に書く。

 

【気づき1】曖昧なコミュニケーションが許されない世界

ビジネスコミュニケーションには、内容があり、目的があり、行動を促す要求があります。学生のコミュニケーションには、内容しかありません。といったところで、大学生The Best of 曖昧フレーズ「お。今度飲み行こうぜ」が許されるのは、学生までだと。なので学生時代にこれを実践してやろうとするとこんな感じ。

「今度、のみにいきましょう。今後、互いのキャリアについて情報共有をすることで、自分のキャリアを形成していくヒントを得ること目的です。明日19時までに、候補日を3つ提示してください。明日19時に間に合わない場合は、事前にお知らせください。」

これはさすがに気持ち悪いが。

 

【気づき2】語り手が自分ではなく、会社。

コンテンツを書いていると気がつかない内に、主語が自分になることがある。だけど、結局社外に出すものであり、世の中の人は「熊谷祐介」を主語として見ない場合がほとんど。だから、自社が世の中において、どう思われているのかを知る必要が有るし、自分の会社がどういう性格を持っているかちゃんと知る必要がある。編集スキルだけでは到底良いコンテンツは作れないなあと。

 

【気づき3】さすがに、カタカナ、ローマ字が多すぎる。

全社会議を録画して、おばあちゃんに見せてあげたい。

 

【気づき4】やりたいことが見つかるかもしれない

今まで募集要項で表面上で受け取っていたものに実際携わってみると、奥行きが生まれます。そこで初めて「これだああああ」「これでは・・・ない」と判別できる。って、色々やっていく内に「これなんじゃ・・・ないかな」と思うものと出会い・・・そうやって、やりたいことが見つかるんだと思います。

 

【気づき5】結局、みんな楽しそう。

社内も社外もみんな大変なことはあるけれど、楽しそうに仕事してます。一番の気づきかも。

 

遅ればせながら25歳。1年目の気づきでした。

南場さんスピーチ

http://www.ustream.tv/recorded/35252739

南場さんスピーチ

・数字が一人歩きする

・マッキンゼーの研修の時に、人間を16のスタイルにわけ、そのスタイルごとにコミュニケーションの仕方を変えるという座学をしたが、キモくて帰国した。

なぜ怒ったのか、人間はとことん多様であるのに、それは16だけにわける意味がわからない。そんな単純ではない。

性別、肌の色。それ以前に、モチベーションの源泉が違う。それをまとめる(マネジメントする)のは大変。お金、技術、カスタマーなどモチベはそれぞれ違うが、自分に向かわず、ことに向かうことで、その仕事、プロジェクトは輝く。モチベの違いを越えて、チームの目標に集中すると、自分のバリューや、自分が周りにどう見られているなんか関係ない。

 

仕事に打ち込むということに集中する。

アメリカでの備忘録6~久しぶりの更新~

すごい久しぶりの更新。

なんか先月まで「あと○○日」で留学終わるとか、言ってたんですけど、「なんか違うよな。」って思って、カウントダウンをやめてけっこう経ちました。

理由としては簡単で、残りの日数を知って得するこことより損することのほうが多いんじゃないかなと思ったから。

一つ目は、日数が経つことに気を取られてしまうこと。僕の場合、日本に帰りたいというよりかは、日本食が食べたくてしょうがない、ってかつけ麺。そんなつけ麺までの道のりを数えることは、修学旅行まであと何日とカウントダウンしているような気分になって、夢につけ麺が登場してくるほど、気が狂ってしまいます。ボールペンはお箸に見えるほどです。

二つ目は、帰国することがそんな大切なことか?と思ってしまった点。確かに仲の良い友達がいて、家族がいて、安心出来る場所があって、母国は良い場所ですが、こっちでやっていることと日本でやることって別に変わらないんじゃないかな。

「この留学期間がすごい人生の糧になる」とかいう人がいるけど、糧になるかどうかは学んだこととか経験したことを活かしてから言えること。

高校の部活、遠征の意義って、遠征先で強くなることじゃなくて、今までやってきたことを実践することと、その遠征後にしっかりと実践経験を活かしていくことだって、高校の顧問が言ってた気がするんだけど、留学も一緒だよね。その遠征で急に強くなるやつって稀にいるけど、基本的には結構無理な話。

留学生活の終了は分岐点でもゴールでもないよね。

できることってたくさんあるはずなのに、単純に「あと何日」とか数えていると、この留学(遠征)生活の10分の1くらいしか残ってなくて、不可抗力的に「こんな短い期間でできることって特になくね。」っていう感情になってやる気がなくなるというサイクル。

要は、残り一日になっても、できることってたくさんあるんすよ。多分。そもそも、第二言語に「もう十分だろう」というハードルって作っちゃダメだよね。

というわけで、結構前に日数を数えることをやめて、目の前の事に集中していました。

真面目だ、おれ…そして風邪をひいた。

アメリカでの備忘録5〜異邦人〜

新年早々、とんでもない毒々しい本を読んでしまったなり。そもそもロスのニューイヤーは大した事なく、1月1日をスタバで過ごすほど暇なのであーる。んで、大学院の文学部の人に薦めてもらった本を元旦から読んでいたら、吐き気がするくらい毒々しかった。

カミュの異邦人。元々、洋書は同じようなフレーズをくどくど表現を変えて書くから大嫌いだったんだけど、フィッツジェラルドのギャツビーとか開始30Pくらいでやめるほど。この異邦人は面白かった。

主人公はほんとさばさばしてて、(僕が読んだ数少ない小説の主人公は半沢とハリーポッター以外、みんなさばさばしてる)だけど、しっかりとした自分を持っていて。

だけど、いつの間にかその自分っていうのは、自分の周りが評価する評判とか分析の集合意識の塊になって、自分の中の自分がなくなっていくという理不尽の話。

自分の語る自分が自分じゃなくて、周りの語る自分が世の中で自分になっていくってことっすね。

あとは主人公が太陽を愛していたこと。大抵の人間は生活を単純化させるために、嘘をつくのに対して、彼はずっと自分の感じたままに事を進めた。それが太陽とどう関係しているのか。彼は本来は影である部分に対して、虚像の光を当てることを相当いやがっていて(んだと思う。)うそをつくこととこれはイコールで、彼は自然、ありのままの燃えあがる太陽が大好きだった。だからこそ「なんでアラビア人を殺した」という質問に対して、「太陽のせいっしょ!」って答えんだろうな。だってそれが真理だったらから。

って一言で片付けられるほど、容易な事ではないけれど、自分の語る自分と周りの語る自分がイコールなんて人はいるんだろうか。とか思ってただただ気持ち悪い正月です。

こんなに気持ち悪くて、気持ちよいのはマトリックスを見た時以来です。

カミュの異邦人、120Pくらいの短い小説なのでみんな読んでみてね。気持ち悪くなるから。

アメリカでの備忘録4〜色々あった色々〜

アメリカの時間で12月29日なんですが、色々と落ち着いたので、久々にブログ書こうかなと思いました。

スリランカのG君からLINEで「なにしてるの?」って言われたので、
「ロスでのんびりしてる」

と返しました。

2439677581_3a4846e610_b

埼玉で三本の指に入るくらいスタイリッシュなフレーズを口にできるほど、アメリカナイズしています。

3分クッキングを960回見る

or

48時間クッキングを1回見る

fb_img

かで2015年になります。

今年は僕にとってはとてつもなく大切な年でした。

大殺界だったからです。実は2014年は大殺界(停止)の年でした。1月から自分のフィジカルが削りとられました。バイト先で指の根付けをえぐったことで幕開けた2014年。落とした財布には4万円が入っていた。すっからかんになって帰ってきた。フィリピンから帰国後、胃が爆破。原因不明で一日何度も嘔吐。など、数えたらきりがないです

だけど、アメリカに来てなにも起こっていないので、大殺界の効果は日本でしか適用されないらしいことが発覚。

大殺界の日本とは正反対にアメリカ生活では、ほとんどの事がうまくいきました。Credoの編集、執筆、事務作業と授業と大学院試の勉強と飲み会を平行してやれたし。

ただ、アメリカの大学新聞だけはうまくいきませんでした。自分の記事が三回くらい書いて、全て拒否されたのでさすがにおれました。。。論の展開に問題はなく、問題は英語力とトピックを選ぶ能力。トピックとは大学新聞では大学生によまれなきゃ意味ないよね的な考えっす。

つまり、編集長曰く、僕の書いた記事は

「いやー君の論の展開はいいんだけどさ・・・・・・・てめえの選んだトピックじゃPV稼げえねえよバカ、あ?日本人?きめえよ。親指でけえよ。顔黒いだろ。ひげそれよ。」

ということらしいです。

来年からMTSUに留学に来る人で「ジャーナリスト志望」の人とか是非、トライしてみてください。勇気さえあれば、入部することはできますので。僕はアメリカで記事を書く事はまだ無理だと察しました。

色々ありましたが、来年は今年以上に色々ある年になることは確定しているので、楽しみに48時間クッキングをみることにします。では良いお年を。

4107617928_e14b9e5b66_b

だれだよこいつ

アメリカの備忘録3〜良い報告〜

そろそろ秋です。アメリカの南というイメージが強かったテネシーですが、全然寒くてやばいです。来週から5日間秋休みですが、予定があるのかないのかよくわからない状況である。「旅行に行こうよ!」って誘われても、悩むあたりが出不精な自分を表象してますね。俺はなぜ世界一周にいった(というか、行けた)のか自分でも謎です。

5090886950_e8496db2d4_b

昨日、日本語を少し話せると有名なコーリー先生と2時間ほど話したんですが、「せっかくの一年なんだからいろいろ経験した方がいい!」「遊んだ方がいい!」と豪語していました。半年前一ヶ月だけですが、フィリピン留学にいきました。「せっかくの一ヶ月なんだからいろいろ経験した方がいい!」「遊んだほうがいい!」と自分に言い聞かせてくそほど遊びました、もちろん英語の勉強もしていました(もはや外国人とのコミュニケーションの取り方の勉強)。その一ヶ月の得たことはインターナショナルなノリと楽しい思い出くらいです。英語は一ヶ月ということもありますが、伸びた!という実感すらなかったです。

「楽しい事は思い出。辛い事は経験」というのが僕の持論です。2年前に世界一周して思い知ったことです。それを証明してくれるかのように、最近読んだ本にこんな事が書いてありました。

徳川家康「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」と言いました。私は遠い道をいくどころか人生は崖のぼりだと思っています。上るのは苦しいが、その分視界が広くなります。原理主義に頼ることは崖から落ちる事と一緒である。

原理主義者というのはわかりやすい例だと「何でも、楽しければいいっしょ!」ってよく言っている人です。ただ、半沢の上司だった香川照之もけっこう前のAERAで「楽な道と苦しい道があったらどっちを選ぶのか」と聞かれて「苦しい道でしょ。そっちのほうが面白い」と語っていました。

かといって「遊ぶな。」ということでもない。あんまり言葉にできないけど、グレーゾーンが一番幸せそうですよね。どっちにも偏ることなくうまいバランスでやっていくみたいな。しかしながら「楽な人生」は選びません。楽なほうをとったら、僕とって余裕すぎてつまんなそうだし笑

そういえば!先月に「良い報告ができそうです。」というツイートをしましたが、ちょいとお待ちを。ってか隠す必要もないんだけどね。

実は、ミドルテネシー州立大学が運営しているニュースメディア(大学新聞も発行している)で記事を書かせてもらえることになりました。

といっても一つ目の記事は「英語力が幼稚すぎる」と馬鹿にされ、何度も書き直し、アメリカ人の友達にも手伝ってもらって2週間ほどで作り上げたんですけど、入稿直前になって「大学に都合の悪い記事だからこれは載せられない」と顧問のかた言われて、僕の2週間の努力は水の泡と化しました。内容はスモーキングフリーポリシーに対しての批判的な記事だったんですけど、近いうちにこのブログに載せます。

まあでも昨日、新しい記事を書き終え、編集待ちです。今回は香港の傘の革命とアメリカのデモの類似性について書きました。今回も「君の英語は本当にbreakingだね」と馬鹿にされる気がしますが、頑張ります。本来、ジャーナリズム学部、マスコミュニケーション学部の人がメインでやっていて、留学生が書くなんて前代未聞みたいですが、「一年しかないから!ね!お願い!!!」と言ったら書かせてもらえる事に。

ちなみにこのサイトです

Sidelines(http://mtsusidelines.com/)

記事を楽しみにしててくださいね〜。

「僕は君たちに武器を配りたい」瀧本哲史

福沢諭吉「学問のススメ」

→慶応の良さを伝えるための宣伝本。つまりこの学問、勉強ブームは「ビジネスの為に起こした。」しかし、今学歴だけで人に差を付けることはもはや無意味となっている。ここで、従来の大学では学べない「実用的な英語」「ITスキル」などが注目を浴びるようになったが新たな仕掛人が「今の時代は真に必要な知識を得れば、他の人よりも幸せになれます」というストーリーを作り出した。これももちろんビジネス。

「コモディティ化」

→「個性のないものはすべてコモディティ」なのである。どんなに優れていも、スペックが明確に定義できて同じ商品を売る複数の供給者がいればコモディティ化が成立。

計画経済

→計画経済体制を取っている国家(旧ソ連など)は「どこかに神様のような万能な頭の良い人がいて、その人正しい予測をもとに社会が進んでいく」という前提でつくられた社会。ここでいう万能で頭の良い人=官僚のこと。この体制は農産物の生産、食糧の配給などすべて官僚のコントロール下にある、個人が自由意志で関与する事は許されない。そして官僚は自分が予想できない事態について「世の中の方がおかしい」と考える。一方で住民たちは「官僚たちが頑張ってくれているから自分たちは何も考えなくてよい」というようになってしまう。

資本主義

→資本主義の社会でお金を増やす事ができる人は「より少ないコストでみんながほしがるものをつくる人」みんながほしがらないものを必要以上なコストをかけてつくる行為は社会的に無駄になり、淘汰されていく。

労働

→産業が成熟化し、熟練労働者が必要なくなれば、新自由主義といった思想は関係なく、労働者は必然的に買いたたかれる存在になってしまう。

擦り合わせ産業

→日本は試行錯誤しより、良いものをつくろうとする。かつて日産が「100分の1秒から1000分の1秒へ」というキャッチフレーズで自分たちの技術の高さを宣伝した。しかしこれは過ちであった。つまり何に対しても言える事であるが「わからない差異は差異ではないのだ」それよりも「色がたくさん選べる」といったような目に見えてはっきりわかる差異がユーザーにとっては大事なのである。